<コラム> 月光でも
ケッコウ
…Gekko
COLOR No.176掲載
色彩学の勉強を始めるとすぐに、私たちの眼のしくみについて学び、眼の網膜には「錐体」と「杆体」という役割の異なる視細胞があることを学習します。そして「錐体は明所で働き、S錐体、M錐体、L錐体の3種類の組み合わせで色を識別できるが、光に対する感度は低い。一方、杆体は暗いところで働き、1種類なので色の識別はできないが、光に対する感度が高く明暗を識別できる」なんていうことを色々なところで反復して見聞していると、「錐体は明所で色を、杆体は暗所で明暗を…」と、どんな場合でも反射的に考えてしまいがちです。
しかし、そんな常識に反して夜行性のカエルやヤモリは暗闇の中でも色を識別できる能力があることが以前から知られていました…らしいのですが、彼らの
円
な瞳にそんな能力があることを、私は不勉強にも最近まで知らずに過ごしてきたとは、何とも情けない限りです。夜行性のカエルの場合は、一般的な光受容タンパク質・ロドプシンを含んだ杆体の他に、青錐体物質を含んだもう1種類の特殊な杆体「緑杆体」を持っているというのです。私たちヒトなど多くの脊椎動物には杆体は1種類しかないので、暗所での色の識別はできないのですが、カエルのように2種類あれば、杆体で2色型の色覚が成立し、色の識別ができることになります。
さらに驚くべきは家の守り神、
ヤモリ
です。日本などにも生息する多くの夜行性のヤモリの網膜には錐体は存在せず、3種類の杆体だけが分布しています。これらの杆体にはロドプシンは含まれず、その代わりに、本来は錐体にあって明所で働いていた3種類の錐体視物質(赤・緑・紫外錐体物質)が含まれているのです。これらの吸収波長の異なる3種類の杆体による3色型の色覚によって、暗所で色を識別していることは分かっていました。
しかし、錐体視物質を杆体(暗所視)で利用するには問題がありました。暗所視に適したロドプシンはわずかな光に対して正しく反応するため、光がない時に誤って発生してしまう反応(ノイズ)を極力低く抑えるようになっているのですが、普通の錐体視物質はノイズの発生が多いので、そのままでは暗所での視覚に適していないということです。そこで、ヤモリなどの杆体に含まれる錐体視物質がどのようになっているのかを解明する必要がありました。そして最近、京都大学・岡山大学などの研究グループは、独自に開発した生化学的解析法を駆使することで、カエルと夜行性ヤモリの錐体視物質が、数個のアミノ酸を置換することで、ロドプシンのようにノイズの発生頻度を低下させていることを明らかにしました*1,2,3。このように、夜行性のヤモリなどは収斂進化によってロドプシンのような性質を持つ錐体視物質を生み出すことで、暗闇でも色を識別する能力を獲得し、生存競争を有利に生き抜く術を身に付けたのでしょう。
さらに、研究グループは夜行性ヤモリから独自に進化した昼行性の「ヒルヤモリ」も調べています。昼行性ヤモリは錐体のみ3種類持っているのですが、それらの錐体視物質は明所での視覚に適した性質を持っていました。つまり、一度夜行性に適応させた視物質の性質を、再び昼行性に適した性質になるように、再適応させたということです。
生活パターンや生息する光環境にあわせて光受容細胞の形態や性質まで変えてしまうなんて、生物の適応能力の高さには驚くばかりです。
ところで、ヤモリ、トカゲ、カナヘビなどは、爬虫類があまりお好きでない方は、みんな一緒だと思っておられるかもしれませんが、それぞれ別の科の生き物です。3種はいずれも有鱗目トカゲ亜科に属しますが、ヤモリはヤモリ下目ヤモリ科、トカゲはトカゲ下目トカゲ科、カナヘビはトカゲ下目カナヘビ科に分類されます。また、ヤモリと響きが似ているせいか、
イモリ
も一緒になっている方もいらっしゃいましたが、イモリは爬虫類ではなく両生類です(もちろん
エモリ
も違いますよ)。
ちなみに、ヤモリは英語で「gekko」「gecko」と訳されますが、「gekko」は日本語の「月光」とは無関係で、ヤモリの鳴き声を模倣したマレー語から派生した言葉ということです。でも、「月光」といえば「月光仮面*4」(^o^)…若い方は???ですね。
Reference
1. Keiichi Kojima, Yuki Matsutani, Masataka Yanagawa, Yasushi Imamoto, Yumiko Yamano, Akimori Wada, Yoshinori Shichida, Takahiro Yamashita (2021).,Evolutionary adaptation of visual pigments in geckos for their photic environment., Science Advances, 7(40): eabj1316.
2. 小島慧一, 柳川正隆, 山下高廣 (2022),カエルとヤモリが夜でも色が分かるワケ.,比較生理生化学, vol 39, No. 3.
3. 京都大学などプレスリリース,「家の守り神『ヤモリ』が夜でも色を見分けられるのはなぜ ヤモリが持つ特殊な色覚能力の分子メカニズムを解明」, https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-10-04
4. 月光仮面:オリジナルは1958/2/24〜1959/7/5、KRT(現TBS)系列で放送。全5部130話・モノラル作品
〈江森 敏夫〉
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