<コラム> グリーンのテニスボール
COLOR No.168掲載
テニスボールの色は何色だと思いますか?
私はウィークエンドプレーヤーとして、毎週のようにテニスボールを見ていますが、その色を疑ったことはありませんでした。テニスボールの色はイエロー、黄色以外の何物でもないはず…。
しかし、最近ネット上で「テニスボールはイエローかグリーンか」という激しい論争が持ち上がりました。あるツイッターの「テニスボールのカラーを何色と言い表しますか:グリーン・イエロー・その他」という質問に、約3万人の回答者のうちグリーン52%、イエロー42%、その他6%という結果になったというのですが*1、私には到底信じられませんでした。
そこで、テニスの公式ルールではどのようになっているのかと思い調べてみたところ、ITF(International Tennis Federation:国際テニス連盟)の規定では、テニスの公式ボールの重さ、サイズ、反発値、変形値などの基準は数値で範囲が示されているのですが、色に関しては単に「ホワイトまたはイエロー」と記されているだけで、数値的には規定されていませんでした。確かに、ボールの色が多少赤に寄っても緑みに寄っても、弾んでくる高さや重さに比べれば、プレーに及ぼす影響は相対的に小さいのかもしれませんが…。また、ITFの解説によれば、「歴史的にはボールの色はコートの色に応じて黒または白であった。1972年ITFはテニスのルールにイエローのテニスボールを導入した。それは、イエローのボールの方がテレビの視聴者に見やすいという研究による。それでもウィンブルドンでは伝統的に白いボールを使い続けていたが、1986年からイエローのボールを採用した」ということでした。インターネットで、1985年ウィンブルドン(全英オープン)の写真を検索したところ、確かに男子シングルスで優勝したボリス・ベッカーがホワイトのボールを打っている写真を見つけることができました。
とにかく、公式テニスボールの色はホワイトでないなら、イエローということでルール上では難なく解決です。しかし、ルールで何と言われようとも、テニスボールはイエローではなく、グリーンに見えると主張する人たちが沢山いるという現実に何ら変わりはないのです。それではなぜ、テニスボールがイエローに見える人と、グリーンに見える人がいるのでしょうか。
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swiked.tumblr.com
/ Via swiked.tumblr.com
Fig.1 #TheDress
2015年に話題でしたが、
何色に見えましたか。
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テニスボールの色の論争を記事にしたKoren*1は、2015年に論争となった#TheDress(Fig. 1)「ドレスの色は“黒と青”か“金と白”」について説明を行った色知覚研究者Conwayの理論*2に基づき、以下のように述べています。私たちは様々な光源色の下でも一定の色で物体を知覚しますが、周りの光源が変化しても物体が恒常的に見えるように、ある人は知覚から寒色を差し引いて、またある人は暖色を差し引いて知覚する傾向があります。そのため、ドレスの青(寒色)を差し引いて知覚した人は“金と白”、金(暖色)を差し引いて知覚した人は“黒と青”を知覚します。この効果がテニスボールの知覚にも当てはまるなら、ドレスを“金と白”と見た人は寒色を差し引く傾向があるので、テニスボールをイエローと知覚する一方、ドレスを“黒と青”と見た人は暖色を差し引く傾向があるので、ボールはグリーンに見えるのではないか、ということです。そして、非公式ながらKoren*1らが調べたところ、わずかな例外を除き、ドレスを“金と白”と見た人はボールをイエローと信じ、ドレスを“黒と青”と見た人はボールはグリーンと信じていたという結果が得られました。
私に関して言えば、#TheDressは“金と白”に見え、テニスボールはイエローと信じているので、Korenの結果と一致しているのですが、皆さんは#TheDressの色、テニスボールの色それぞれ何色に見えたでしょうか。 いろいろ議論は尽きませんが、生けるレジェンド、ロジャー・フェデラーは「テニスボールはグリーンか、イエローか」と質問されると、即座に「イエロー」と答えていました*3。もう“イエロー”以外にあり得ません。
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イエローかグリーンか、何色に見えるかはさておき、テニスボールの分光反射率を研究第2部で測定していただきました。テニスボールを包む外側のフェルトには蛍光物質が含まれているようで(Fig. 2)、測定してみると520nm付近に最大蛍光波長があり(図1)、この波長はグリーンの範疇です。もし、ブラックライトの中でテニスをすれば、グリーンの光りに包まれたボールがネットを挟んで飛び交うように見えることになるでしょう。
Fig.2 UVライト(ブラックライト)を照射され、蛍光グリーンを放つテニスボール
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イエローのテニスボールは1972年にテレビ放映での見やすさから導入されたという経緯がありましたが、最近新たな試みがありました。
2017年9月に開催されたエキシビションのLaver Cup (Prague, Czech)、2018年2月に開催されたNew York Open (ATP250)において、黒いコートサーフェスが採用されました。黒いコートの導入にLaver Cupのオーガナイザーは“スタジアムの後方で見ている人にとっても、ボールの動きを追いやすくなる”と述べています。また、New YorkでプレーしたJared Donaldson (USA)は“クールでユニーク。黒を背景にボールが際立つ”と語っています。 レッドクレーや柴のコートの試合をテレビ中継で見ていると、会場の照明条件などによってボールがコートの色に紛れて、所在が一瞬わからなくなることがあるのですが、コートが黒であれば、イエローのボールとのコントラストで見やすそうです。テレビ中継があれば、ぜひ見たいものです。
Reference
1. Marna Koren. Chat Color Is a Tennis Ball?, The Atlantic Monthly Group, https://www.theatlantic.com/science/archive/2018/02/what-color-tennis-ball-green-yellow/523521/ 2. Rosa Lafer-Sousa and Bevil R. Conway., #TheDress: Categorical perception of an ambiguous color image, Journal of Vision (2017) 17(12):25, 1-30.
3. Marna Koren. Are tennis balls green or yellow? They’re both, according to science, SB Nation, https://www.sbnation.com/lookit/2018/3/22/17151100/tennis-ball-green-yellow-color-debate-science
〈江森 敏夫〉
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