当研究所が受託した今年度の調査研究のひとつに、日・中・韓の嗜好色比較調査があります。
近年は中国・韓国から日本へ留学する学生も多くなり、様々なテーマにおける比較文化的な調査研究も多く見かけるようになってきました。色彩をテーマにした同様の研究も様々な角度から進められて、着々とデータが蓄積されていく様子が見受けられます。
そのような状況の中で、今回我々が行う調査の特徴はというと、調査研究の目的が明確であることだと思います。その目的を要約すると、「日本や中国および韓国を中心とするアジア経済圏における円滑な企業活動を支援するために、各国の歴史文化・嗜好・市場動向などに関する色彩事情の相違を明らかにし、相互理解と発展を目指すこと」になります。
日・中・韓を含めたアジア経済圏における経済活動は、これからますます発展していくと考えられます。ある一つの地域は生産拠点であるとともに市場でもあるわけですから、これまでの活動エリアの垣根が取り払われると、市場が拡大していきます。アジア経済圏構想は大きな可能性を持ち、現在進行形で動いていますが、生産地と消費市場の拡大という単純な図式では把握できない問題も孕んでいます。
活動エリアが拡大すると、その中に多種多様な民族や文化また宗教などが混在することになります。各地域に固有の歴史があり、その歴史が育んできた文化や慣習が、その環境また人の生き方や心を形成しています。市場エリアの拡大に伴って、多様な消費者のニーズを的確に掴んでいくことが要求されてきます。
そのニーズに答えられないモノや情報は、経済の論理で淘汰されていきますが、これは一方で数の論理ですから、少数派地域が持つ文化の特性は消えていく可能性が高くなります。
経済エリアが拡大すればするほど、少数派の文化や伝統を意識的に収集し、広く伝えていくことが必要になるのではないでしょうか。それは単に希少なものを保存するということではありません。
欧米でジャポニズムがデザイン要素として取り上げられる様に、ある地域固有のスタイルがデザインソースとなって、世界の空気を変えることもあり得るはずです。均質化していけばいく程、少数の人々が育んできた異質なものは、何か特別な力を持っているような気がします。
今、世界経済はEU拡大化の動向にも見られるように、グローバル化に向けて加速度的に進行しています。一方で、反グローバリゼーションの運動も目立つようになってきました。
反グローバリゼーションを唱える人々の論拠の大きなポイントは、各地域固有の歴史性や文化性が経済優先のもとに均質化していくという危惧感にあります。
集団を支えるのが個人のアイデンティティーであるように、またそのアイデンティティーはその人固有の環境や体験が育んできたように、グローバリゼーションがもたらす巨大エリアにおいても、各地域固有の文化や歴史がこれを支える原動力になるに違いありません。
私たちは、様々な地域の景観色彩計画に携わってきました。その計画の最初の段階で実態調査を行い、その地域景観の色彩的特徴を抽出します。この実態調査は丹念であればあるほど、その地域固有の特徴が浮かび上がってきます。これがローカルカラーです。景観の色彩計画は環境の均質化ではありません。
このローカルカラーをうまく引き出して活用することが、景観色彩計画のポイントになります。
今回の日・中・韓色彩調査ですが、このプロジェクトの指針の一つに文化交流があげられまています。
これは最も尊重したいコンセプトです。既に調査は始まっていますが、5月の下旬にはプレ調査でソウルと北京を訪問します。時間も予算も限られた調査ですが、グローバリゼーションとローカルカラーの意味を常に意識しながら、文化の相互理解を支援できる調査にしたいと思っています。
(一財)日本色彩研究所理事・研究第1部部長 赤木重文