【COLOR No.146掲載】
共感覚 −もっとも奇妙な知覚世界−
ジョン・ハリソン著 松尾香弥子訳本体価格 : 3,500円
出版 : 新曜社
発行年月 : 2006年5月
共感覚という不思議な能力をもつ人々がいる。音や言葉を聞くと同時に色が見えたり、食べ物や匂いに対し形が見えたりする。この現象についての書籍を紹介するのは、シトーウィック著「共感覚者の驚くべき日常」、ダフィー著「ねこは青、子ねこは黄緑」に続き3冊目である。またかと言われるかもしれないが、これは是非にご紹介したい本である。お奨めの理由を述べよう。
一つには、本書での調査方法がより進化しているため。少し前の研究では一人もしくは少人数の事例研究が多かったが、ここでは実験群と統制群が設けた集団研究が行われ、統計的検定による確認もされている。さらに、共感覚が起こっているときの脳の活動変化をとらえる方法も、より解像度の高いものが採用されている。その結果、総合的に研究の精度・信頼性が高まっているのである。
二つ目は、どうして共感覚が生まれるかについての原因仮説が述べられているから。本研究では共感覚者の家系を調べることで遺伝モデルの提案が行われている。なお共感覚者は女性に多く、音を聞くと色が見えるという色聴の場合、男女比は20対1という。
そして何より最大の理由は、共感覚に対する著者の説が大変インパクトのあるものだからである。彼の考えによれば、生後2、3ヶ月くらいの間はすべての人が共感覚を持つという。この新生児の神経連絡が遺伝により残り続ける人が共感覚者というわけだ。シトーウィックは、物を食すと形が見えるというような珍しいタイプの共感覚者は2.5万人に1人程度しかいないと述べているが、本書のハリソンによれば色聴ははるかに多く、2000人に1人の割合で出現するそうである。
なお個人的に最も関心をもったのは、盲人が点字を認識しているときの脳の視覚野の活動研究と共感覚とを関係づけてとりあげられていた箇所である。これは中々興味深い展開だなと思った。
最後に付け加えると、本書にしばしば登場する英国人独特のユーモアある記述も大きな特徴であろう。ただし、幾分こなれない翻訳に読書の足取りを遅くさせられることがあったことは付け加えておいてもよい
(多くの親切な訳者注には助けられたけれども)。
どうやら、私たちの身の回りには隠れた色聴所有者が数多くいるらしい。読み終えた後、周りの人たちに尋ねてみたくなった。女性が多いそうだし(これは蛇足)。 <研究第1部 名取和幸>