【COLOR No.136掲載】
共感覚者の驚くべき日常 −形を味わう人、色を聴く人−
リチャード・E・シトーウィック著 山下篤子訳
草思社、2002年発刊
本体価格 1,900円
色聴をはじめとする共感覚。 どのような認識世界なのだろう。
色彩学や知覚心理学のテキストに書かれている抽象的な説明ではなく、具体的な理解。
そうした欲求は私だけのものではあるまい。 このたびそうした書籍の邦訳が登場した。
著者は米国の神経科医師で、共感覚研究の第一人者として新聞や雑誌への多くの報道、そして論文誌や専門書の著作がある。
本書は、著者が、夕食パーティのキッチンで一人の男性に出会うところから始まる。
彼は、食べ物、飲み物に対して幾何学的な形を顔の近くや指先に感じるのである。
本文を引用してみる。
『深夜に冷蔵庫をのぞいて夜食を物色する。残り物のローストチキンを見て「アーチ形はどうものらないな」とひとりごとを言う。
あるいはレモンパイをながめて、おなかは空いているけど、とがったものはほしくないなあと思う。ピーナツバターのサンドイッチにしようかとも考えるが、球や円で満腹になると眠れなくなるのがわかっているからやめる』 そして、共感覚の性質を明らかにするための実験、さらに共感覚が脳のどこで生じているかをつきとめるための脳検査などが、まるで小説のような語り口で進められる。
達者な筆運びと伏線的な細かい描写。共感覚がどこで起こるかなどについては推理仕立てになっている。わくわくするところも多い。ただその分、本書では実験的検証についてはそれほど丁寧な記述がされているとはいえない。
そうした関心を持つ人は著者による前著のSynesthesia:
A Union of the
Senses(1989)を読むようにということだろう。この本には実に42名の共感覚者のことが掲載されているらしい(未読)。
本書は共感覚をきっかけとして、人間を理解するための方法(例えば医療における検査機器の誤った使用法)について、また情動を重視した人間論を語ろうとしていることに気づく。
それだけに、全体の1/6程度の頁を割いた「情動の重要性についてのエッセイ」はきっと著者が主張したい箇所であるのだろう。ただし共感覚の話はもう登場せず、読みこなすのがやや難しい科学エッセイ調になっている。ともあれ、共感覚に関心のある方、さらには広く、人間の認識に興味を持たれている方に強くお勧めしたい書である。 <研究第1部 名取和幸>