一般財団法人日本色彩研究所

<巻頭言>PCCSの改訂に向けて―更なるプラクティカルを目指して―

pen COLOR No.170掲載

一般財団法人日本色彩研究所理事 赤木 重文

PCCSの開発

日本色研配色体系PCCS(Practical Color Co-ordinate System)の開発からおおよそ55年が経過した。その骨子は、Basic Color System 1とColor Harmony Paletteに発表され、開発の翌年には150色の色票を貼付したハーモニックカラーチャート150、その後151色を経て、1971年に現在の基本形となる新版ハーモニックカラーチャート166が公刊されている。1987年には201色のカラーラインナップに増補改訂して、現在はその姉妹編となるPCCSハーモニックカラーチャート201−Lが頒布されている。

PCCSのねらいは、色彩調和に関係する要素をシステマティックに組み入れた体系を構築することによって、色彩デザインを支援するツールを提供することにある。その実用的特徴は「1.色彩調和論に基づいた配色が実現できる。」「2.求めるイメージ表現に沿った色彩選定が容易。」「3.系統色名による色彩分類システムとしての機能を備えている。」「4. 色彩学の基本的な理論がシステム構成の考え方に含まれている。」などであり、色彩設計用ツールとしてコンセプトメイキングやカラーデザインに、色彩データの分析ツールとして環境色彩実態調査やカラーマーケチングリサーチに、さらに基本的な理論の修得から色の組合せを体験できる色彩教育の教材として多目的に用いられてきた。これまでデザイン制作や各種コーディネーションの現場や企業研修、また教育教材としては初等・中等教育の図画工作や美術の教科で、さらにはデザイン専門教育の色彩教育の中で幅広く活用されている。

PCCSのリリースは終戦から20年近く経ってからということになるが、戦前から始まっていた日本の標準色の策定については戦後いち早く再開され様々な検討が行われている。1948年にはJES(1921年制定の日本標準規格、1949年JISに統合)標準色票を完成し、その流れで1951年に「色の標準」を公刊している。一方でマンセル色票の研究や試作も進められ、1956年に改良マンセル色票の公刊、1959年にはJIS Z 8721「色の三属性による表示方法」の制定、さらに1963年に修正マンセル色票(Munsell Renotation Color Book)を完成させ内外の色彩研究機関に贈呈している。その翌年にPCCSが発表になるわけだがそれに合わせるように「色の標準」が廃刊となる。

左:Basic Color Systemケース
右:Basic Color System I 表紙
Basic Color System I PCCS
ハーモニックカラーチャート151

戦後まもなく色の標準化検討を再開していたその同時期に、一方で色彩調和の研究を手掛けていた細野(元理事長)を中心にしたグループがある。その研究の集大成がPCCSに結実した。細野の修正マンセルシステムに対する見解は、「 “色のモノサシ”としては利用価値が高いが色彩調和の基準システムとしては不充分である。」というものである。PCCSについては色々な文献で紹介されているのでここで深くは言及しないが、物体色の共通要素として色相と色価(絵画用語としてのValeurに近い概念)をあげ、マンセルがValueを明度に当てたので、この色価の概念を表す言葉としてトーン(tone)を使ったという。オストワルトの調和系列の一つである等価値色系列(isovalents)の意味するものに近いが、白色量、黒色量といった物理量で求められるものではなく、PCCSの色価(tone)は直接体験的なものであると述べている。

この直接体験的なトーンの概念を明示することが次の課題となるが、その出発点は系統色名の研究にある。多くの人々は色彩を類概念で捉え、それを言葉で言い表している。色を分類するよりどころの一つは色相であり、さらに薄い、濃いなど色の調子の違いを形容詞として付していく使い方にも系統性が見られ、これがもう一つのよりどころのトーンである。このような系統色名の研究から、トーンの形容詞として12種およびそれをまとめた9種が選定された。すなわち色の調子を表すトーンはこの程度に分類すれば実用的には充分であるということである。なお、同時期に行われた色相分割に関する研究では、24種の色相ブロックによる色相環が公表され、各ブロックの領域とその代表色が示された。

この段階でカラーハーモニーに寄与する共通要素として色相とトーンの枠組みが示されたが、次のステップとしてPCCSが体系としてめざす色相とトーンの系統性を視覚的に提示する必要があった。そこで各色相における各トーン範囲の代表する色を選び出す検討に入った。この代表色については主観的な等価値感をよりどころにして選定されたがその方法について細野は以下のように述べている。「従来の三属性に基づく色彩体系から離れた全く新しい構成方法も考えられないこともないが、日本のように三属性一辺倒のような色彩界関係には普及が難しいと思われたので、少なくとも色の三属性の概念と関連をつけながら、トーン系列を組み入れていく方法を考えることにした。(色彩研究Vol.19-2 1972)」三属性と関連付けようとした狙いはそれだけではなく、明度コントラストが色彩調和ひいては色彩設計の際の要件となるため、明度が容易に確認できるシステムを想定した結果ではないかと筆者は考えている。

PCCS等彩度面に示した同一トーン系列

このような方針で代表色の選定に臨んだが、トーンを定義する色の三属性としてマンセルHVCでは彩度(chroma)がトーン選定の指標になりにくいことから、それに代わるPCCS彩度(saturation)を設定して進め、代表色の基準値は色相・明度・PCCS彩度によって定められ、トーン系列はPCCS等彩度面に各色相における明度移行として示されている。同一トーンが同じ位置に付置されるトーン座標で定義されたものではなく、色の三属性で間接的に定義されているということと、トーンの概念の出発点が色名研究における類概念であることの二つの構成的要因がPCCS特有の特徴となり、大胆な脱皮を体験することなく現在に至った要因であるようにも思える。

PCCS詳細版「色彩デザイン用色票集」の刊行

CHROMATON707(部分)

PCCSの開発はこのような経緯で進められ、色票集や色紙類を製品化したこともあって、色彩デザインや色彩教育ツールとして世の中に浸透していった。と同時に色彩設計の現場からは色数の多いPCCS詳細版を求める声も聞かれるようになり、1987年には707色で構成されたCHROMATON 707が刊行された。この開発にあたっては、トーン系列を増やす検討が行われ、新しいトーンをPCCSの三属性フォーマット上に細野が手書きで作図し、追加色の基準値を定めている。その結果、トーン系列の数は12から35、およそ3倍に増えている。CHROMATON 707 の解説書には、色相とトーンの体系による色票集の有用性と基準値の明確な色票集で色彩設計を実施していくことの大切さが述べられている。
細野はデザイン色票系が具備すべき特徴として、次の要件を上げている。

  1. 全色彩空間を包含し、かつ使用頻度の高い色彩範囲が選出されていること。
  2. 色彩の調査から設計までを関連的に進めることができるように、「調査用カラーコード」との対応が考えられていること。
  3. 配色の調和計画のためのガイドとなるような、系統的な色彩配列が見渡せること。
  4. 設計色がその中からすぐ選び出せるに充分な色数を揃え、かつハンディに取扱えるものであること。
  5. 設計色の生産への指示及びその管理が正確にできるように、正確に測色管理された標準的色票であって、かつスペアカードを備えていること。
  6. 設計色の販促部門への伝達を解り易くするための色名に関する資料が用意されていること。
  7. 色彩計画のために必要な色のイメージに関する資料が用意されていること。
  8. 色彩設計に常に関係してくる周辺環境色に関する資料と、それらが照明、気象条件等による見えの変化に関する資料が用意されていること。
  9. 色彩計画の方法とその進め方に関する解説、及び配色調和に関する資料が用意されていること。
    解説書に記載されたこれらの要件のうち「調査分析」「配色調和ガイド」「カラーイメージ検索」「色名検索」などはPCCSが備えている機能であるが、「色差管理」「色値補間」についてはマンセルシステムに委ねた解説となっている。

これからのPCCSと新カラーシステムの開発

  1. 今後デザイン色票に求める要望
    色票集に求める最近の要望事項として、「詳細な色違いの検討においても色相とトーンの系統的な検討が可能な色見本」「業種によってカスタマイズが可能な色見本集」「すべての色が基準値をもち色彩設計の結果や実験の結果のデータがエビデンスとして活用できる色見本集」などがあげられている。
  2. 方針
    PCCSの多目的機能はヒュー・トーン・システムとしての構成原理に負うところが大きいので、PCCSをベースにして改良を加え、「正確な色の伝達」「色差管理」「色値補間」などの機能も持たせた新カラーシステムを開発することにした。
  3. これまでのPCCSの構成的特徴
    PCCSのヒュートーンマトリクスに表示された色は、各ブロックの代表色であり、隣り合った色の中間色という概念はなくまた中間的な色を生成する方法もない。トーンの領域区分や代表色の基準値はマンセルシステムのテーブルによって定められているが、トーンの関係性を定義するアルゴリズムを持たないので、連続量の軸からなる座標上の点として新たなトーンを設定することはできない。
  4. PCCSの改良による詳細PCCSの開発
    PCCSのヒュー系列とトーン系列の基準値を標準化し、任意のヒュー・トーン系列が生成できるアルゴリズムを開発した。このアルゴリズムで構成した詳細PCCSは従来のPCCSの機能に加え、新たな機能が付加された。

新機能

詳細PCCS等色相面の基本構想
  • 任意に選定した色の同一トーンや同一色相の色群を関連式で求めることができる。
  • デザイン分野によって異なる色域や色数に対応したカスタマイズ色票集を製作することができる。
  • 新カラーシステムにより制作された色票集の収録色はすべて基準値を持ち、ヒュー・トーン記号だけでなく、様々な色表示システムで定義された色値への変換が可能である。
  • ヒュー・トーン座標上に様々な色をプロットできるので、共通のプラットフォームでジャンルの異なる色群を比較し、その違いを系統的に分析できる。
  • 新カラーシステムの色票を用いた調査や実験の結果は、エビデンスが明確であるため様々な分野でのAI化が可能である。

従来機能の継承

  • 調査用カラーコードへの連動性
  • 配色調和のガイド
  • 色名データ表示
    詳細PCCSを用いて検討した結果やデータは、エビデンスとして次のステップに引き継がれていく。過去のデータを蓄積していくことが、カラーデザインやデザイン全般さらには生活や文化の向上につながると考えている。
    これを可能にするツールが詳細PCCSである。