<巻頭言>色彩教育雑感
COLOR No.169掲載
一般財団法人日本色彩研究所評議員
日本大学芸術学部教授
森 香織
短大・大学の専任教員になって31年目を過ごしている。飽きっぽい性格なのによくひとつの職業を続けてこれたものだと我ながら思うが、振り返ってみると昭和の最後の年に修道女会が経営する東京郊外のちいさな女子短大に奉職したのが私の教員人生のスタートである。私をスカウトしてくださったのは明治生まれの総てに非の打ち処の無い、すばらしい人格者の老教授だった。齢は80歳を越えていらした大先生が「デザインの専門教育を受けて、そのカリキュラムを実践できる人+女子短大なので女性の先生+経営的に苦しいので俸給が高くない若い人」という条件でご自分の退職と引き換えに探して採用してくださったのが自分で、7歳ぐらいしか歳の差のない短大生に授業をすることになった。
まだPCもDTPも無い時代ののどかなグラフィクデザインの授業の全般を見直し、カリキュラムを考える事はとても楽しい作業で、早速自分の受けてきたデザインの基礎教育を実践し始めた。美大情報の端っこにしか載らないようなちいさな短大ではあったが、全国から受験生が来て、ある程度の実技経験能力を有する学生が揃っていたので、色彩構成は最初から理論を実践するかたちで進めることが出来た。グレースケールと明度の構成、24色相環の応用、オストワルドシステムの等色相三角形面など、時間をかけてじっくり取り組めて、少人数の授業内で細かく作品指導を出来た事は「先生一年生」の自分にとって確実な手応えと大きな喜びであった。最初から専任教員で勤務したため、学会の教育部会を通じて他大学の非常勤講師の依頼などが舞い込んで来て、その中でも「色彩理論」や「色彩学」という科目の担当が増えていった。1980年代当時は基礎分野に必ずこうゆう色彩の基盤科目がどの美大でもあり、全員必修のために専任教授と同じ内容を反復してくれる若い非常勤講師は不可欠であったのだろう。一方、講師として赴く私からすると、専任校では持つ事のできない分野を晴れて担当させて頂けるし、専任校よりも大人数の学生相手に講義をする事で再度基礎から色彩理論や配色等を調べて学び、教授できることのできる素晴らしい機会であった。
つまり、場と機会やチャンスそして恩師に相当恵まれて今日まできたのである。ある意味、私が高等教育でデザインの色彩を教授できる理由はそれだけなのかも知れない。実際のグラフィックデザインの現場ではクライアントの好みや総予算など、別の要因がデザインを主導する。それに対して教育現場はストイックである。基礎と割り切って教育できる幸せとその方法論は16年前に母校に戻り、より確立された。ただ、自分は日々老いて行き、受講する大学生はどんどん変ってくる。昔の学生は明暗の差異がはっきり出せたが、最近の学生は暗さや陰影の識別が難しいようである。それに引き換え、高彩度の色相には日々ゲーム等の画面で慣れているせいか細かい差異が実によく見極められる。生まれた時から何百万色の画面を見ていればそうなるのかもしれない。それもある意味での進化である。
教育に携わって来た時間もそろそろ終盤に入ってきたので、ことのほか感じるのは表現媒体が絵具であろうと光の色彩であろうと人間の好みや感覚に訴える部分はあまり変わらないのではないかという事と、それゆえ、義務教育の段階からしっかり色彩教育を授けて欲しいと切に願う。デザインは美術から生まれた分野であるが、このごろはデザイン思考など、ビジネスの世界から社会的な広がりを持った動きになってきている。が、造形分野の特権は色彩の理解と創出と実践の応用である。美大卒のデザイナーが色彩を駆使しいつまでも現場で生き生きと活躍できることが大学の基礎教育の使命であると信じている。