日本人の美意識について
COLOR No.161掲載
前ユネスコ大使*
木曽 功
私自身あまり文化的な人間ではないのですが、日本文化に係る日本人の美意識について述べてみたいと思います。
そもそも人間は、どのような色または色の組み合わせを美しいと感じるのでしょうか?日本人の感性と例えばアメリカ人の感性に違いがあるのでしょうか?
私は、フランスのパリに外交官として都合6年程住んでいました。その間、多くのフランス人とお付き合いしましたが、フランス人の多くは、どうも日本人の美意識とかなり違ったものを持っているようです。一般的に、華やかで、明るい色を美しいと感じているようです。例えば、活け花を取っても、原色系の花々を好む人が多いようです。日本的な「侘び寂び」の世界を美しいと感じる人は少ないと思います。もちろん、日本文化に興味を持っているフランス人は、我々同様「枯れた味」を理解できますし、その中に美しさを感じているようです。
色に限らず、味覚にしろ、臭覚にしろ、人間の感覚の多くの部分は、後天的な「学習」により獲得したものに影響されています。
所謂、文化的バイアスが存在していることは確かでしょう。世界各地の文化圏で共有している美意識を分析してみるのは興味のある研究分野ではないでしょうか。
日本では、若い人でも備前焼のような「渋い色調」を好む人が多くいます。私が生活した経験のあるアメリカとフランスでは、備前焼が好きな人は少なく、大多数の人は、明るく華やかな有田焼のような色調を美しいと感じていると思います。
世界各地の文化圏から、例えば各年齢別にそれぞれ千人の人に参加してもらって、どのような色を美しいと感じるかテストをしてみると面白いと思います。一般的に「ヒト」が生物学的に有する美意識は、若い人ほど同じ傾向で、年を重ねるごとに、それぞれの文化圏に特有の美意識が出てくるのではないでしょうか。
私は、十年ぐらい前に文化庁の文化財部長の仕事をしたことがあります。奈良・京都の名刹の大修理や国宝、重要文化財に指定されている絵画や仏像の修復を担当していました。
御存知のように、平安時代、鎌倉時代のお寺は、極彩色に着色されていました。現在では、科学的に当時の顔料の種類を特定することができますので、その顔料を使用して当時の姿に復元すると、現在の我々の美意識から相当違った「けばけばしい」お寺になってしまいます。お寺さんも、観光収入に影響がでるので、当時のままに復元するのでなく、古びた感じの色調にしてほしいとの要望が多くありました。平安時代、鎌倉時代の日本人の美意識は、現代の我々のそれと相当異なっているようです。同じことは、絵画の修理、修復でも言えます。
多分、禅文化、茶の湯文化等により、日本独自の色の文化が形成されてきたのだと思います。
*2014年4月1日より第2次安倍内閣内閣官房参与