一般財団法人日本色彩研究所

<研究1部報>「九百六十八色標」-1940年頒布の貴重な色票集見つかる-

pen COLOR No.162掲載

今年7月、大阪堺市の柳原様という方からメールがありました。「家内整理をしていたところ、日本標準色協会調製の『手彩色九百六十八色標』と書かれた、桐箱入りの色見本集が出てまいりました。歴史的価値があればどこか保管場所をお知らせいただくか、貴所に差し上げたいのですが」という内容です。
初耳でした。色研にはそうした名前の色票集は収蔵されていませんし、そもそもその記録すらみつかりません。唯一、画家の熊谷守一氏の遺品の文書目録(岐阜県歴史資料館)にあることをネットでみつけましたが、問合せてみると現物ではなく、商品の案内チラシと購入申し込み用の葉書ということ。資料の複写送付業務はなく、平日のみの開館のため、お盆休みの平日に日帰りで行ってきました。その案内チラシはハガキ大で小さいものの、意外に立派な6頁の冊子で、この色票集の由来、内容などがわかりました。
つまり、こういうことです。
当研究所の前身は日本標準色協会といい、画家の和田三造により1927年に設立されました。そして1934年には、昭和天皇からの御下命により博物研究用標準色票1300を調製し、献上しています。この度みつかった「九百六十八色標」の案内チラシの冒頭には、献上色票を作製した際の色紙を用いて80部限定で製作した旨、和田三造の言葉が記されていました。
さて、この色票集が頒布された西暦1940年(昭和15年)というのは、神武天皇即位から数えて2600年を記念して様々な祝賀行事が行われた年です。戦時中の国民の窮乏や疲れを晴らし、また日本が長い歴史をもつ偉大な国であることを内外に知らしめるための国策行事でした。これは、盛大な式典が開かれたまさに11月に頒布されていますので、紀元二百六百年の記念品として特別に製作、発行したものと思われます。
頒布価格は一部八十円です。今の金額では30万円くらいでしょうか。かなりの高額です。東京美術学校の同期の学友でしたが熊谷守一には買うことはできなかったでしょう。もっともその画風からみてもあまり関心が無かったかもしれません。
収録色と色名に関する特徴については、当所の研究紀要「色彩研究」に投稿予定です。概要を述べると、968の色は赤、橙、黄、緑、青、紫の6系統に仕切られ分類されています。明るさは13段階、純度は6段階、色相は36種が設定されています。そして、それぞれの色票には色名が付記されています。色名総鑑・色名帖などの日本色名、リッジワェイとメルツ&ポ-ルの色名事典を参照されたとのことです。なお、本色票集には別冊解説が付属していたようですが残念ながらありません。また、色票を詰めるときに間違えたのでしょうか、同じカードのダブりがあり、1色が欠けていました。
ところで、本色票集を所蔵されていた柳原様の御一族は、堺で大和川染工所という工場を長年に渡り続けられています。「大和川染工所七十年小史」という、とても立派で面白い社史をみつけて読んでみると、明治29年に吉兵衛氏が設立され、子息の吉次郎氏がそれを大きくされたことが書かれています。この染工所は日露戦争時に旧日本陸軍のカーキ色の染色法を創案し、その結果、軍服は陸軍指定工場としてここで染色されたのです。そしてお二人は紀元二千六百年祝典に招待され、記念章の授与も受けておられます。柳原様、この度は貴重な色票集をご寄贈いただき誠にありがとうございました。この場をお借りして深謝の意を表したいと存じます。

〈名取 和幸〉