一般財団法人日本色彩研究所

<巻頭言>色彩について思うこと

pen COLOR No.165掲載

一般財団法人日本色彩研究所理事/文化学園大学 造形・色彩学研究室 大関 徹

教職について12年経つ。それ以前は日本流行色協会(以下JAFCA)で27年ほど働いてきた。大学時代は、一応色彩関連の研究室には所属していたものの、色彩の仕事を長く続けることになるとは全く想像していなかった。

JAFCAは社団法人という人の集まりで、デザイナー、企画関係者がデザインと色の論議を行う場であった。私が長く色彩の仕事を続けられた裏には、色彩そのものの奥深さもあるが、同時に色彩を扱う人々の多彩さにも惹かれたからである。

色彩というものはどこにでも使われており、色を追及する立場に応じて、自然・人文・社会のそれぞれの科学的側面から、それこそ「色々な」人々が研究している。その研究バリエーションはまさに人間そのもののバリエーションと直結している。そうした色彩への当初の印象は現在でも変わることなく、色彩に対する魅力そのものとなっている。

日本色彩研究所との出会いは、色彩の仕事に就いた48年前に遡る。当時の理事長は細野尚志氏で、体は小さいが、懐の大きい強面の厳しい人であった。その当時のJAFCA事務局長の太作陶夫氏に連れられて六本木にあった日本色彩研究所を訪れ、初めてお会いした。打ち合わせ終了後に細野氏を交えて、近くのスナックで一杯飲み、そのカウンターで私を挟んで色彩論議となってしまい、ついには、細野氏と太作氏が喧嘩を始めてしまったことを鮮明に覚えている。

当時の私にとっては両先輩とも怖い存在だったのだが、色彩基礎講座のあり方について喧嘩になるとは思いもしなかった。本来は仲良いはずの人が喧嘩をするほどに真剣になることは、当時は実に多く、特に酒の席ではそうなることが多かった。現在ではほとんど見かけなくなった光景だが、それはそれで多くの勉強をさせていただいたことを懐かしく思い出す。児玉晃氏、福田邦夫氏、平井敏夫氏そして近江源太郎氏などにも大変お世話になった。

色彩という仕事は、公私の区別などない仕事だとつくづく思う。周り中が色だらけだからであろう。全くのプライベートな休日であっても、カラーの使われ方や、何気ないハーモニーをついつい写真に収めたりしてしまう。さらには夢の中にまで鮮烈な色が現れ、夢の中の自分は、「何ていう色だ。7.5GY 6.5/30はあるぞ!こんな凄い色は見たことがないっ」などと叫んだりしてしまうのである。夢に現れる色は、実感を伴いながらも現実味がないという、不思議なバランスを持つ色だが、それだけ色彩は精神性によるところが大きいことがわかる。

より美しい色を手にさせるという夢は、色彩関係者に課された仕事である。それを思うとき、「紙媒体への技術は完成度が高くなったが、光媒体はこれからの世界。その技術が今後の色彩を引っ張るからね。」という故・平井前理事長の言葉をよく思い出す。

現在の日本色彩研究所の研究者の皆さんには釈迦に説法だが、光による色再現は確かにこれからだと感じる。

今日も大学で講義をする。色彩の話なのでビジュアル資料をよく見せるのだが、色再現性は、ある意味非常に繊細な技術であり、その良し悪しは恐らく技術者のセンスと人への優しさが深く関わってくることになるだろう。色彩への繊細な配慮、それは美術やデザイン、さらにはハイテク技術も同様に求められるものだと思う。そんな日本的な発展を研究所には大いに望みたいと思う。